て私の方が極りが悪いかも知れませんけれども。……おじさん、おじさんが、むかし心中をしようとした、婦人《おんな》のかた。」
「…………」
藪《やぶ》から棒をくらって膨らんだ外套の、黒い胸を、辻町は手で圧《おさ》える真似して、目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ると、
「もう堪忍してあげましょう。あんまり知らないふりをなさるからちょっと驚《おど》かしてあげたんだけれど、それでも、もうお分りになったでしょう。――いつかの、その時、花の盛《さかり》の真夜中に。――あの、お城の門のまわり、暗い堀の上を行ったり、来たり……」
お米の指が、行ったり来たり、ちらちらと細く動くと、その動くのが、魔法を使ったように、向う遥《はる》かな城の森の下くぐりに、小さな男が、とぼんと出て、羽織も着ない、しょぼけた形を顕《あら》わすとともに、手を拱《こまぬ》き、首《こうべ》を垂れて、とぼとぼと歩行《ある》くのが朧《おぼろ》に見える。それ、糧に飢えて死のうとした。それがその夜の辻町である。
同時に、もう一つ。寂しい、美しい女が、花の雲から下りたように、すっと翳《かげ》って、おなじ堀を垂々《だらだ
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