という特別の慈悲を便りに、ぼんやりと寂しい街路の霧になって行《ゆ》くのを視《なが》めて、鼻の尖《さき》を冷たくして待っておったぞ。
 処へ、てくりてくり、」
 と両腕を奮《はず》んで振って、ずぼん下の脚を上げたり、下げたり。
「向うから遣《や》って来たものがある、誰じゃろうか諸君、熊手屋の待っておる水兵じゃろうか。その水兵ならばじゃ、何事も別に話は起らんのじゃ、諸君。しかるに世間というものはここが話じゃ、今来たのは一名の立派な紳士じゃ、夜会の帰りかとも思われる、何分《なにぶん》か酔うてのう。」

       三

「皆さん、申すまでもありませんが、お家で大切なのは火の用心でありまして、その火の用心と申す中《うち》にも、一番危険なのが洋燈《ランプ》であります。なぜ危い。お話しをするまでもありません、過失《あやま》って取落しまする際に、火の消えませんのが、壺《つぼ》の、この、」
 と目通りで、真鍮《しんちゅう》の壺をコツコツと叩く指が、掌《てのひら》掛けて、油煙で真黒《まっくろ》。
 頭髪《かみ》を長くして、きちんと分けて、額にふらふらと捌《さば》いた、女難なきにしもあらずなのが、渡世と
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