ゃ諸君、可《え》えか、その熊手の値を聞いた海軍の水兵君が言わるるには、可《よし》、熊手屋、二円五十銭は分った、しかしながらじゃな、ここに持合わせの銭が五十銭ほか無い。すなわちこの五十銭を置いて行《ゆ》く。直ぐに後金《あときん》の二円を持って来るから受取っておいてくれい。熊手は預けて行《ゆ》くぞ、誰も他《ほか》のものに売らんようになあ、と云われましたが、諸君。
 手附《てつけ》を受取って物品を預っておくんじゃからあ、」
と俯向《うつむ》いて、唾を吐いて、
「じゃから諸君、誰にしても異存はあるまい。宜《よろ》しゅうございます。行っていらっしゃいと云うて、その金子《かね》を請取《うけと》ったんじゃ、可《え》えか、諸君。ところでじゃ、約束通りに、あとの二円を持って、直ぐにその熊手を取りに来れば何事もありませんぞ。
 そうら、それが遣《や》って来ん、来んのじゃ諸君、一時間|経《た》ち、二時間経ち、十二時が過ぎ、半が過ぎ、どうじゃ諸君、やがて一時頃まで遣って来んぞ。
 他《ほか》の露店は皆仕舞うたんじゃ。それで無うてから既に露店の許された時間は経過して、僅《わずか》に巡行の警官が見て見ぬ振《ふり》
前へ 次へ
全45ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング