、壁の肉も、柱の血も、そのまま一落の白髑髏《しゃれこうべ》と化し果てたる趣あり。
 絶壁の躑躅《つつじ》と見たは、崩れた壁に、ずたずたの襁褓《おむつ》のみ、猿曵《さるひき》が猿に着せるのであろう。
 生命《いのち》の搦《から》む桟橋《かけはし》から、危《あやう》く傾いた二階の廊下に、日も見ず、背後《うしろ》むきに鼠の布子《ぬのこ》の背《せな》を曲げた首の色の蒼《あお》い男を、フト一人見附けたが、軒に掛けた蜘蛛《くも》の囲《い》の、ブトリと膨れた蜘蛛の腹より、人間は痩《や》せていた。
 ここに照る月、輝く日は、兀《は》げた金銀の雲に乗った、土御門家《つちみかどけ》一流易道、と真赤《まっか》に目立った看板の路地から糶出《せりだ》した、そればかり。
 空を見るさえ覗《のぞ》くよう、軒行燈の白いにつけ、両側の屋根は薄暗い。
 この春の日向《ひなた》の道さえ、寂《さ》びれた町の形さえ、行燈に似て、しかもその白けた明《あかり》に映る……
 表に、御泊りとかいた字の、その影法師のように、町幅の真《まっ》ただ中とも思う処に、曳棄《ひきす》てたらしい荷車が一台、屋台を乗せてガタリとある。
 近《ちかづ》
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