、物置の中の竹屋の竹さえ、茂った山吹の葉に見えた。
 町はそこから曲る。
 と追分で路《みち》が替って、木曾街道へ差掛《さしかか》る……左右戸毎《まていえなみ》の軒行燈《のきあんどん》。
 ここにも、そこにも、ふらふらと、春の日を中《うち》へ取って、白く点《ひとも》したらしく、真昼浮出て朦《もう》と明るい。いずれも御泊り木賃宿《きちんやど》。
 で、どの家も、軒より、屋根より、これが身上《しんしょう》、その昼行燈ばかりが目に着く。中《うち》には、廂先《ひさしさき》へ高々と燈籠《とうろう》のごとくに釣った、白看板の首を擡《もた》げて、屋台骨は地《つち》の上に獣《けもの》のごとく這ったのさえある。
 吉野、高橋、清川、槙葉《まきは》。寝物語や、美濃《みの》、近江《おうみ》。ここにあわれを留《とど》めたのは屋号にされた遊女《おいらん》達。……ちょっと柳が一本《ひともと》あれば滅びた白昼の廓《くるわ》に斉《ひと》しい。が、夜寒《よさむ》の代《しろ》に焼尽して、塚のしるしの小松もあらず……荒寥《こうりょう》として砂に人なき光景《ありさま》は、祭礼《まつり》の夜《よ》に地震して、土の下に埋れた町の
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