手も胸も、面影も、しろしろと、あの、舞台のお稲そのままに見えたが、ただ既に空洞《うつほ》へ入って、底から足を曳《ひ》くものがあろう、美しい女《ひと》は、半身を上に曲げて、腰のあたりは隠れたのである。
雪のような胸には、同じ朱鷺色《ときいろ》の椿がある。
叫んで、走りかかると、瓶の区劃《しきり》に躓《つまず》いて倒れた手に、はっと留南奇《とめき》して、ひやひやと、氷のごとく触ったのは、まさしく面影を、垂れた腕《かいな》にのせながら土間を敷いて、長くそこまで靡《なび》くのを認めた、美しい女《ひと》の黒髪の末なのであった。
この黒髪は二筋三筋指にかかって手に残った。
海に沈んだか、と目に何も見えぬ。
四ツの壁は、流るる電《いなびかり》と輝く雨である。とどろとどろと鳴るかみは、大灘《おおなだ》の波の唸《うな》りである。
「おでんや――おでん。」
戸外《おもて》を行《ゆ》く、しかも女の声。
我に返って、這《は》うように、空屋の木戸を出ると、雨上りの星が晃々《きらきら》。
後で伝え聞くと、同一《おなじ》時、同一《おなじ》所から、その法学士の新夫人の、行方の知れなくなったのは事実とか
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