声のしたものは何も見えない。三つ目入道、狐、狸、猫も鼬もごちゃごちゃと小さく固まっていたが、松崎の殺進に、気を打たれたか、ばらばらと、奥へ遁《に》げる。と果《はて》しもなく野原のごとく広い中に、塚を崩した空洞《うつろ》と思う、穴がぽかぽかと大《おおき》く窪《くぼ》んで蜂の巣を拡げたような、その穴の中へ、すぽん、と一個《ひとつ》ずつ飛込んで、ト貝鮹《かいだこ》と云うものめく……頭だけ出して、ケラケラと笑って失《う》せた。
 何等の魔性ぞ。這奴《しゃつ》等が群り居た、土間の雨に、引※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《ひきむし》られた衣《きぬ》の綾《あや》を、驚破《すわ》や、蹂躙《ふみにじ》られた美しい女《ひと》かと見ると、帯ばかり、扱帯《しごき》ばかり、花片《はなびら》ばかり、葉ばかりぞ乱れたる。
 途端に海のような、真昼を見た。
 広場は荒廃して日久しき染物屋らしい。縦横《たてよこ》に並んだのは、いずれも絵の具の大瓶《おおがめ》である。
 あわれ、その、せめて紫の瓶なれかし。鉄のひびわれたごとき、遠くの壁際の瓶の穴に、美しい女《ひと》の姿があった。頭《つむり》を編笠が抱えた、
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