眦《まなじり》を返しながら、
「お前さんの方の芝居は? この女はどうなる幕です。」
「おいの、……や、紛れて声を掛けなんだじゃで、お稲は殊勝気《けなげ》に舞台じゃった。――雨に濡りょうに……折角の御見物じゃ、幕切れだけ、ものを見しょうな。」
 と言うかと思うと、唐突《だしぬけ》にどろどろと太鼓が鳴った。音を綯交《なえま》ぜに波打つ雷《らい》鳴る。
 猫が一疋と鼬《いたち》が出た。
 ト無慙《むざん》や、行燈の前に、仰向《あおむ》けに、一個《ひとつ》が頭《つむり》を、一個《ひとつ》が白脛《しらはぎ》を取って、宙に釣ると、綰《わが》ねの緩んだ扱帯《しごき》が抜けて、紅裏《もみうら》が肩を辷《すべ》った……雪女は細《ほっそ》りとあからさまになったと思うと、すらりと落した、肩なぞえの手を枕に、がっくりと頸《うなじ》が下《さが》って、目を眠った。その面影に颯《さっ》と影、黒髪が丈《たけ》に乱れて、舞台より長く敷いたのを、兇悪異変な面《つら》二つ、ただ面《めん》のごとく行燈より高い所を、ずるずると引いて、美しい女《ひと》の前を通る。
 幕に、それが消える時、風が擲《なげう》つがごとく、虚空から、―
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