ですが、蝶が来て、一所に遊ぶ間もなかったんです。
お稲さんの事を聞かされました。玩弄《おもちゃ》は取替えられたんです、花は古い手に摘《つま》れたんです……男は、潔い白い花を、後妻になれと言いました。
贅沢《ぜいたく》です、生意気です、行過ぎています。思った恋をし遂げないで、引込んだら断念めれば可《い》い、そのために恋人が、そうまでにして生命《いのち》を棄てたと思ったら、自分も死ねば可《い》いんです。死なれなければ、死んだ気になって、お念仏を唱えていれば可いんです。
力が、男に足りないで、殺させた女を前妻だ、と一人|極《ぎ》めにして、その上に、新妻《にいづま》を後妻になれ、後妻にする、後妻の気でおれ、といけ洒亜々々《しゃあしゃあ》として、髪を光らしながら、鰌髭《どじょうひげ》の生えた口で言うのは何事でしょうね。」
「いよいよ発狂だ、人の前で見っともない。」
紳士は肩で息をした、その手は松崎に縋《すが》っている。……
「ええ、人の前で、見っともないと云って、ここには幾多《いくたり》居ます。指を折って数えるほどもない。夫が私を後妻にしたのは、大勢の前、世間の前、何千人、何万人の前だか
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