何だ、何だ。」
 と喘《あえ》ぐ、
「ですが、私に考えがあって、ちょっと知己《ちかづき》になっていたばかりなんです。」
 美しい女《ひと》は、そんなものは、と打棄《うっちゃ》る風情で、屹《き》とまた幕に向って立直った。
「そこに居る人……お前さんは不思議に、よく何か知っておいでだね、地獄、魔界の事まで御存じだね。豪《えら》いのね。でも悪魔、変化《へんげ》ばかりではない、人間にも神通《じんずう》があります。私が問うたら、お前さんは、去《い》って聞けと言いましたね。
 私は即座に、その二度|添《ぞい》、そのうわなり、その後妻に、今ここで聞きました。……
 お稲さんが亡くなってから、あとのその後妻の芝居を、お前さんに聞かせましょうか。聞かせましょうか。それともお前さんは御存じかい。」
 幕の内で、
「朧気《おぼろげ》じゃ、冥土《めいど》の霧で朧気じゃ。はっきりした事を聞きたいのう。」
「ええ、聞かしてあげましょう。――男に取替えられた玩弄《おもちゃ》は、古い手に摘まれた新しい花は、はじめは何にも知らなかったんです。清い、美しい、朝露に、旭《あさひ》に向って咲いたのだと人なみに思っていました。
前へ 次へ
全88ページ中78ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング