い、――との。何と虫が可《よ》かろうが。その芋虫にまた早や、台《うてな》も蕊《しべ》も嘗《な》められる、二度添どのもあるわいの。」
 と言うかと思う、声の下で、
「ほほほほほ」
 と口紅がこぼれたように、散って舞うよと花やかに笑った。
 ああ、膚《はだ》が透く、心が映る、美しい女《ひと》の身の震う影が隈《くま》なく衣《きぬ》の柳条《しま》に搦《から》んで揺れた。
「帰ろう、品子、何をしとる。」
 紳士はずかずかと寄って、
「詰《つま》らん、さあ、帰るんです、帰るんだ。」
 とせり着くように云ったが、身動きもしないのを見て、堪《たま》りかねた体《てい》で、ぐいと美しい女《ひと》の肩を取った。
「帰らんですか、おい、帰らんのか。」
 その手は衝《つ》と袖で払われた。
「貴方《あなた》は何です。女の身体《からだ》に、勝手に手を触って可《い》いんですか。他人の癖に、……」
「何だ、他人とは。」
 憤気《むき》になると、……
「舞台へ、靴で、誰、お前は。」
 先刻《さっき》から、ただ柳が枝垂《しだ》れたように行燈に凭《もた》れていた、黒紋着《くろもんつき》のその雪女が、りんとなって、両手で紳士の
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