に死ぬるのじゃ。や、じゃが、家眷親属《うからやから》の余所《よそ》で見る眼《まなこ》には、鼻筋の透った、柳の眉毛、目を糸のように、睫毛《まつげ》を黒う塞《ふさ》いで、の、長煩らいの死ぬ身には塵《ちり》も据《すわ》らず、色が抜けるほど白いばかり。さまで痩《や》せもせず、苦患《くげん》も無しに、家眷息絶ゆるとは見たれども、の、心の裡《うち》の苦痛《くるしみ》はよな、人の知らぬ苦痛はよな。その段を芝居で見せるのじゃ。」
「そして、後は、」
 と美しい女《ひと》は、白い両手で、確《しか》と紫の襟を圧《おさ》えた。
「死骸になっての、空蝉《うつせみ》の藻脱けた膚《はだ》は、人間の手を離れて牛頭《ごず》馬頭《めず》の腕に上下から掴《つか》まれる。や、そこを見せたい。その娘《こ》の仮髪《かつら》ぢゃ、お稲の髪には念を入れた。……島田が乱れて、糸も切《きれ》もかからぬ膚を黒く輝く、吾《あ》が天女の後光のように包むを見さい。末は踵《かかと》に余って曳《ひ》くぞの。
 鼓草《たんぽぽ》の花の散るように、娘の身体《からだ》は幻に消えても、その黒髪は、金輪《こんりん》、奈落、長く深く残って朽ちぬ。百年《ももと
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