。役者が知らないなら、誰でも構いません。差支えなかったら聞かして下さい。一体ここはどこなんです。」
「六道の辻の小屋がけ芝居じゃ。」
 と幕が動くように向うで言った。
 松崎は、思わず紳士と目を見合った。小児《こども》なぞは眼中にない、男は二人のみだったから。
 美しい女《ひと》は、かえって恐れげもなくこう言った。
「ああ、分りました、そしてお前さんは?」
「いろいろの魂を瓶《かめ》に入れて持っている狂言方じゃ。たって望みならば聞かせようかの。」
「ええ、どうぞ。」
 と少々《わかわか》しいのが、あわれに聞えた。
「そこへ……髪結《かみゆい》が一人出るわいの。」
 松崎は骨の硬くなるのを知ったのである。
「それが、そのお稲の髪を結うわいの。髪結の口からの、若い男と、美しい女と、祝言して仲の睦じい話をするのじゃ。
 その男というのはの、聞かっしゃれ、お稲の恋じゃわいの、命じゃわいの。
 もうもう今までとてもな、腹の汚《きたな》い、慾《よく》に眼《まなこ》の眩《くら》んだ、兄御のために妨げられて、双方で思い思うた、繋がる縁が繋がれぬ、その切なさで、あわれや、かぼそい、白い女が、紅蓮《ぐれん
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