し》で押《おし》つけるように言った。
 羽織に、ショオルを前結び。またそれが、人形に着せたように、しっくりと姿に合って、真向《まんむ》きに直った顔を見よ。
「いいえ、私はお稲です。」
 紳士は、射られたように、縁台へ退《さが》った。
 美しい女の褄《つま》は、真菰《まこも》がくれの花菖蒲《はなあやめ》、で、すらりと筵《むしろ》の端に掛《かか》った……
「ああ、お稲さん。」
 と、あたかもその人のように呼びかけて、
「そう。そして、どうするの。」
 お稲は黙って顔を見上げた。
 小さなその姿は、ちょうど、美しい女《ひと》が、脱いだ羽織をしなやかに、肱《ひじ》に掛けた位置に、なよなよとして見える。
「止《よ》せ!品子さん。」
「可《い》いわ。」
「見っともないよ。」
「私は構わないの。」

       二十一

「ねえ、お稲さん、どうするの。」
 とまた優しく聞いた。
「どうするって、何、小母さん。」
 役者は、ために羽織を脱いだ御贔屓《ごひいき》に対して、舞台ながらもおとなしい。
「あのね、この芝居はどういう脚色《しくみ》なの、それが聞きたいの。」
「小母さん見ていらっしゃい。」
 と
前へ 次へ
全88ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング