二度目だ。後妻だと思ってくれ。お稲さんとは、確《たしか》に結婚したつもりだって――」
春狐はふと黙ってそれには答えず……
「ああ、その椿は、成りたけ川へ。」
「流しましょうね、ちょっと拝んで、」
と二階を下りる[#「 と二階を下りる」は底本では「「と二階を下りる」]、……その一輪の朱鷺色《ときいろ》さえ、消えた娘の面影に立った。
が、幻ならず、最も目に刻んで忘れないのは、あの、夕暮を、門《かど》に立って、恍惚《うっとり》空を視《なが》めた、およそ宇宙の極まる所は、艶やかに且つ黒きその一点の秘密であろうと思う、お稲の双の瞳であった。
同じその瞳である。同じその面影である。……
――お稲です――
と云って、振向いた時の、舞台の顔は、あまつさえ、凝《なぞら》えたにせよ、向って姿見の真蒼《まっさお》なと云う行燈《あんどん》があろうではないか。
美しい女《ひと》は屹《き》と紳士を振向いた。
「貴方《あなた》。」
若い紳士は、杖《ステッキ》を小脇に、細い筒袴《ずぼん》で、伸掛《のしかか》って覗《のぞ》いて、
「稲荷だろう、おい、狐が化けた所なんだろう。」と中折《なかおれ》の廂《ひさ
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