り》と、お稲ちゃん許《とこ》と、同一《おなじ》のは、そりゃ可《い》いけれど、まあ、飛んでもない事……その法学士さんの家《うち》が、一つ髪結さんだったんでしょう。だもんだから、つい、その頃、法学士さんに、余所《よそ》からお嫁さんが来て、……箱根へ新婚旅行をして帰った日に頼まれて行って、初結いをしたって事を……可《よ》ござんすか……お稲ちゃんの島田を結いながら、髪結さんが話したんです。」
「ああ、悪い。」
 と春狐は聞きながら、眉を顰《ひそ》めた。
 同じように、打顰《うちひそ》んで、蘭菊は、つげの櫛で鬢《びん》の毛を、ぐいと撫でた。
「……気を附けないと……何でも髪結さんが、得意先の女の髪を一条《ひとすじ》ずつ取って来て、内証《ないしょ》で人のと人のと結び合わせて蔵《しま》っておいて御覧なさい。
 世間は直ぐに戦争《いくさ》よりは余計乱れると、私、思うんですよ。
 お稲さんは黙って俯向《うつむ》いていたんですって。左挿しに、毛筋を通して銀の平打《ひらうち》を挿込んだ時、先が突刺《つっささ》りやしないかと思った。はっと髪結さんが抜戻した発奮《はずみ》で、飛石へカチリと落ちました。……
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