おとめつばき》がほつりと一輪。
熟《じっ》と視《み》たが、狭い座敷で袖が届く、女房は、くの字に身を開いて、色のうつるよう掌《てのひら》に据えて俯向《うつむ》いた。
隙間もる冷い風。
「ああ、四辻がざわざわする、お葬式《ともらい》が行くんですよ。」
と前掛の片膝、障子へ片手。
「二階の欄干《てすり》から見る奴《やつ》があるものか。見送るなら門《かど》へお出な。」
「止《よ》しましょう、おもいの種だから……」
と胸を抱いて、
「この一輪は蔭ながら、お手向《たむ》けになったわね。」と、鼻紙へ密《そっ》と置くと、冷い風に淡い紅《くれない》……女心はかくやらむ。
窓の障子に薄日が映《さ》した。
「じゃ死のうという短刀で怪我でもして、病院へ入ったのかい。」
「いいえ、それはもう、家中で要害が厳重よ。寝る時分には、切れものという切れものは、そっくり一つ所へ蔵《しま》って、錠《じょう》をおろして、兄さんがその鍵《かぎ》を握って寝たんだっていうんですもの。」
「ははあ、重役の忰《せがれ》に奉って、手繰りつく出世の蔓《つる》、お大事なもんですからな。……会社でも鍵を預る男だろう。あの娘の兄と云え
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