けに乗ったでしょう。」
「極《きま》りでいやあがる。」
「大分、お芝居になって来たわね。」
「余計な事を言わないで……それから、」
「兄さんの才子も、やっぱりその気だもんですからね、いよいよという談話《はなし》の時、きっぱり兄さんから断ってしまったんですって――無い御縁とおあきらめ下さい、か何かでさ。」
「その法学士の方をだな、――無い御縁が凄《すさま》じいや、てめえが勝手に人の縁を、頤《あご》にしゃぼん玉の泡沫《あぶく》を塗って、鼻の下を伸ばしながら横撫でに粧《めけ》やあがる西洋|剃刀《かみそり》で切ったんじゃないか。」
「ねえ……鬱《ふさ》いでいましたとさ、お稲ちゃんは、初心《うぶ》だし、世間見ずだから、口へ出しては何にも言わなかったそうだけれど……段々、御飯が少くなってね、好《すき》なものもちっとも食べない。
 その癖、身じまいをする事ったら、髪も朝に夕に撫でつけて、鬢《びん》の毛一筋こぼしていた事はない。肌着も毎日のように取替えて、欠かさずに湯に入って、綺麗にお化粧をして、寝る時はきっと寝白粧《ねおしろい》をしたんですって。
 皓歯《しらは》に紅《べに》よ、凄《すご》いようじゃ
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