あ、その翌日《あくるひ》にでも結納を取替わせる勢《いきおい》で、男の方から急込《せきこ》んで来たんでしょう。
けれども、こっちぢゃ煮切《にえき》らない、というのがね――あの、娘《こ》にはお母《っか》さんがありません。お父さんというのは病身で、滅多に戸外《そと》へも出なさらない、何でも中気か何からしいんです――後家さんで、その妹さん、お稲ちゃんには叔母に当る、お婆さんのハイカラが取締って、あの娘《こ》の兄さん夫婦が、すっかり内の事を遣《や》っているんだわね。
その兄さんというのが、何とか云う、朝鮮にも、満洲とか、台湾にも出店のある、大《おおき》な株式会社に、才子で勤めているんです。
その何ですとさ、会社の重役の放蕩息子《どらむすこ》が、ダイヤの指輪で、春の歌留多《かるた》に、ニチャリと、お稲ちゃんの手を圧《おさ》えて、おお可厭《いや》だ。」
と払う真似して、
「それで、落第、もう沢山。」
「どうだか。」
「ほんとうですとも。それからそのニチャリが、」
「右のな、」
と春狐は、ああと歎息する。
「ええ、ぞっこんとなって、お稲ちゃんをたってと云うの、これには嫂《あによめ》が一はなが
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