長し短しでいた処、お稲ちゃんが二三年前まで上っていなすった……でも年二季の大温習《おおざらい》には高台へ出たんだそうです……長唄のお師匠さんの橋渡しで。
家《うち》は千駄木辺で、お父さんは陸軍の大佐だか少将だか、それで非職《ひい》てるの。その息子さんが新しい法学士なんですって……そこからね、是非、お嫁さんに欲《ほし》いって言ったんですとさ。
途中で、時々顔を見合って、もう見合いなんか済んでるの。男の方は大変な惚方《ほれかた》なのよ。もっとも家同士、知合いというんでも何でもないんですから、口を利いたことなんて、そりゃなかったんでしょうけれど、ほんに思えば思わるるとやらだわね。」
半纏着の蘭菊は、指のさきで、火鉢の縁《ふち》へちょいと当って、
「お稲ちゃんの方でも、嬉しくない事はなかったんでしょう。……でね、内々その気だったんだって、……お師匠さんは云うんですとさ、――隣家《となり》の女房《かみ》さんの、これは談話《はなし》よ。」
まだ卒業前ですから、お取極《とりき》めは、いずれ学校が済んでからッて事で、のびのびになっていたんだそうですがね。
去年の春、お茶の水の試験が済むと、さ
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