の際立たぬ、色白な娘のその顔。
松崎は見て悚然《ぞっ》とした……
名さえ――お稲です――
肖《に》たとは迂哉《おろか》。今年|如月《きさらぎ》、紅梅に太陽《ひ》の白き朝、同じ町内、御殿町《ごてんまち》あたりのある家の門を、内端《うちわ》な、しめやかな葬式《とむらい》になって出た。……その日は霜が消えなかった――居周囲《いまわり》の細君女房連が、湯屋でも、髪結《かみゆい》でもまだ風説を絶《たや》さぬ、お稲ちゃんと云った評判娘にそっくりなのであった。
「私も今はじめて聞いて吃驚《びっくり》したの。」
その時、松崎の女房は、二階へばたばたと駈上《かけあが》り、御注進と云う処を、鎧《よろい》が縞《しま》の半纏《はんてん》で、草摺《くさずり》短《みじか》な格子の前掛、ものが無常だけに、ト手は飜《ひるがえ》さず、すなわち尋常に黒繻子《くろじゅす》の襟を合わせて、火鉢の向うへ中腰で細くなる……
髪も櫛巻《くしまき》、透切《すきぎ》れのした繻子の帯、この段何とも致方《いたしかた》がない。亭主、号が春狐であるから、名だけは蘭菊《らんぎく》とでも奢《おご》っておけ。
春狐は小机を横に、座蒲団《
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