ぼ》を打った、忙がしい世の麺麭屋《パンや》の看板さえ、遠い鎮守の鳥居めく、田圃道《たんぼみち》でも通る思いで、江東橋の停留所に着く。
空《あ》いた電車が五台ばかり、燕が行抜けそうにがらんとしていた。
乗るわ、降りるわ、混合《こみあ》う人数《にんず》の崩るるごとき火水の戦場往来の兵《つわもの》には、余り透いて、相撲最中の回向院《えこういん》が野原にでもなったような電車の体《てい》に、いささか拍子抜けの形で、お望み次第のどれにしようと、大分|歩行《ある》き廻った草臥《くたびれ》も交って、松崎はトボンと立つ。
例の音は地《じ》の底から、草の蒸さるるごとく、色に出《い》で萌《も》えて留まらぬ。
「狸囃子《たぬきばやし》と云うんだよ、昔から本所の名物さ。」
「あら、嘘ばっかり。」
ちょうどそこに、美しい女《ひと》と、その若紳士が居合わせて、こう言《ことば》を交わしたのを松崎は聞取った。
さては空音《そらね》ではないらしい。
若紳士が言ったのは、例の、おいてけ堀、片葉の蘆《あし》、足洗い屋敷、埋蔵《うめぐら》の溝《どぶ》、小豆婆《あずきばば》、送り提燈《ぢょうちん》とともに、土地の七不
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