都を離れて静《しずか》であった。
 屋根の埃《ほこり》も紫雲英《げんげ》の紅《くれない》、朧《おぼろ》のような汽車が過《よ》ぎる。
 その響きにも消えなかった。

       二

 松崎は、――汽車の轟《とどろ》きの下にも埋れず、何等か妨げ遮るものがあれば、音となく響きとなく、飜然《ひらり》と軽く体を躱《か》わす、形のない、思いのままに勝手な音《ね》の湧出《わきい》ずる、空を舞繞《まいめぐ》る鼓に翼あるものらしい、その打囃《うちはや》す鳴物が、――向って、斜違《すじかい》の角を広々と黒塀で取廻わした片隅に、低い樹立《こだち》の松を洩《も》れて、朱塗《しゅぬり》の堂の屋根が見える、稲荷様《いなりさま》と聞いた、境内に、何か催しがある……その音であろうと思った。
 けれども、欄干に乗出して、も一つ橋越しに透かして見ると、門は寝静《ねしずま》ったように鎖《とざ》してあった。
 いつの間にか、トチトチトン、のんきらしい響《ひびき》に乗って、駅と書いた本所|停車場《ステイション》の建札も、駅《うまや》と読んで、白日、菜の花を視《なが》むる心地。真赤《まっか》な達磨《だるま》が逆斛斗《さかとん
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