見える。
「難有《ありがと》う、」
「奥さん難有う。」
 互に、青月代と饂飩屋が、仮髪《かつら》を叩いて喜び顔。
 雪女の、その……擬《なぞら》えた……姿見に向って立つ後姿を、美しい女《ひと》は、と視《なが》めて、
「島田も可《い》いこと、それなりで角かくしをさしたいようだわ……ああ、でも扱帯《しごき》を前帯じゃどう。遊女《おいらん》のようではなくって、」
「構わないの、お稲さんが寝衣《ねまき》の処だから、」
「ああ、ちょっと。」
 と美しい女《ひと》が留める間に、聞かれた饂飩屋はツイと引込《ひっこ》む。
「あら、やっぱりお稲さん、お稲さんですわ、貴方。」
 と言う。紳士を顧みた美しい女《ひと》の睫《まつげ》が動いて、目瞼《まぶた》が屹《きっ》と引緊《ひきしま》った。
「何、稲荷《いなり》だよ、おい、稲荷だろう。」
 紳士も並んで、見物の小児《こども》の上から、舞台へ中折《なかおれ》を覗《のぞ》かせた。
「ねえ、この人の名は?……」
 黒縮緬の雪女は、さすが一座に立女形《たておやま》の見識を取ったか、島田の一さえ、端然《きちん》と済まして口を利こうとしないので、美しい女《ひと》はまた青
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