を貸してあげるよ。」
 美しい女《ひと》は、言《ことば》の下に羽織を脱いだ、手のしないは、白魚が柳を潜《くぐ》って、裏は篝火《かがりび》がちらめいた、雁《かり》がねむすびの紋と見た。
「品子《しなこ》さん、」
 紳士は留めようとして、ずッと立つ。
「可《い》いのよ、貴方《あなた》。」
 と見返りもしないで、
「帯がないじゃないか、さあ、これが可いわ。」と一所に肩を辷《すべ》った、その白と、薄紫と、山が霞んだような派手な羅《うすもの》のショオルを落してやる……
 雪女は、早く心得て、ふわりとその羽織を着た、黒縮緬《くろちりめん》の紋着《もんつき》に緋《ひ》を襲《かさ》ねて、霞を腰に、前へすらりと結んだ姿は、あたかも可《よ》し、小児《こども》の丈に裾《すそ》を曳《ひ》いて、振袖長く、影も三尺、左右に水が垂れるばかり、その不思議な媚《なまめか》しさは、貸小袖に魂が入って立ったとも見えるし、行燈の灯《ともし》を覆《おお》うた裲襠《かけ》の袂《たもと》に、蝴蝶《ちょうちょう》が宿って、夢が※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1−84−33]※[#「彳+羊」、第3水準1−84−32]《さまよう》とも
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