。」
 饂飩屋がチョッ、舌打する。
「貸してくれってんだぜ、……きっと返すッてえに。……可哀相《かわいそう》じゃないか、雪女になったなりで裸で居ら。この、お稲さんに着せるんだよ。」
 と青月代も前へ出て、雪女の背筋のあたりを冷たそうに、ひたりと叩いた……
「前掛でなくては。不可《いけな》いの?」
 美しい人はすッと立った。
 紳士は仰向《あおむ》いて、妙な顔色《かおつき》。
 松崎の、うっかり帰られなくなったのは言うまでもなかろう。

       十五

「兄さん、他《ほか》のものじゃ間に合わない?」
 あきれ顔な舞台の二人に、美しい女《ひと》は親しげにそう云った。
「他の物って、」と青月代は、ちょんぼり眉で目をぱちくる。
「羽織では。」
 美しい女《ひと》は華奢《きゃしゃ》な手を衣紋《えもん》に当てた。
「羽織なら、ねえ、おい。」
「ああ、そんな旨《うめ》え事はねえんだけれど、前掛でさえ、しみったれているんだもの、貸すもんか。それだしね、羽織なんて誰も持ってやしませんぜ。」
 と饂飩屋は吐出すように云う。成程、羽織を着たものは、ものの欠片《かけら》も見えぬ。
「可《よ》ければ、私の
前へ 次へ
全88ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング