じ》に掛けて身繕い。
 此方《こなた》に松崎ももう立とうとした。
 青月代が、ひょいと覗《のぞ》いた。幕の隙間へ頤《あご》を乗せて、
「誰か、おい、前掛《まえかけ》を貸してくんな、」と見物を左右に呼んだ。
「前掛を貸しておくれよ、……よう、誰でも。」
 美しい女《ひと》から、七八人|小児《こども》を離れて、二人並んでいた子守の娘が、これを聞くと真先《まっさき》にあとじさりをした。言訳だけも赤い紐の前掛をしていたのは、その二人ぐらいなもので、……他は皆、横撫での袖とくいこぼしの膝、光るのはただ垢《あか》ばかり。
 傍《かたわら》から、また饂飩屋が出て舞台へ立った。
「これから女形《おんながた》が演処《しどころ》なんだぜ。居所がわりになるんだけれど、今度は亡者じゃねえよ、活《い》きてる娘の役だもの。裸では不可《いけね》えや、前垂《まえだれ》を貸しとくれよ。誰か、」
「後生《ごしょう》だってば、」
 と青月代も口を添える。
 子守の娘はまた退《しさ》った。
 幼い達は妙にてれて、舞台の前で、土をいじッて俯向《うつむ》いたのもあるし、ちょろちょろ町の方へ立つのもあった。
「吝《しみた》れだなあ
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