魔道の酌取《しゃくとり》、枕添《まくらぞい》、芸妓《げいしゃ》、遊女《じょろう》のかえ名と云うのだ。娑婆《しゃば》、人間の処女《きむすめ》で……」
また絶句して、うむと一つ、樽に呼吸《いき》を詰めて支《つか》えると、ポカンとした叩頭《おじぎ》をして、
「何だっけね、」
と可愛い声。
「お稲、」と雪女が小さく言った。
松崎は耳を澄ます。
と同時であった。
「……お稲、お稲さんですって、……」と目のふちに、薄く、行燈の青い影が射《さ》した。美しい女《ひと》は、ふと紳士を見た。
「お稲荷《いなり》、稲荷さんと云うんだね、白狐《しろぎつね》の化けた処なんだろう。」
わけもなくそう云って、紳士は、ぱっと巻莨《まきたばこ》に火を点ずる。
その火が狐火のように見えた。
「ああ、そうなのね。」
美しい女《ひと》は頷《うなず》いたのである。
松崎も、聞いて、成程そうらしくも見て取った。
「むむ、そのお稲で居た時の身の上話、酒の肴《さかな》に聞かさんかい。や、ただわなわなと震えくさる、まだ間が無うて馴れぬからだ。こりゃ、」
と肩へむずと手を掛けると、ひれ伏して、雪女は溶けるように潸然《さ
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