、じろじろと視《みつ》めて寛々たり。
雪女細い声。
「はい……冷とうござんすわいな。」
「ふん、それはな、三途河《そうずか》の奪衣婆《だつえば》に衣《きもの》を剥《は》がれて、まだ間が無うて馴《な》れぬからだ。ひくひくせずと堪えくされ。雪女が寒いと吐《ぬか》すと、火が火を熱い、水が水を冷い、貧乏人が空腹《ひだる》いと云うようなものだ。汝《うぬ》が勝手の我ままだ。」
「情《なさけ》ない事おっしゃいます、辛うて辛うてなりませんもの。」
とやっぱり戦《わなな》く。その姿、あわれに寂しく、生々《なまなま》とした白魚の亡者に似ている。
「もっともな、わりゃ……」
言い掛けた時であった。この見越入道、ふと絶句で、大《おおき》な樽の面《つら》を振って、三つ目を六つに晃々《ぎらぎら》ときょろつかす。
幕の蔭と思う絵の裏で、誰とも知らず、静まった藤の房に、生温《なまぬる》い風の染む気勢《けはい》で、
「……紅蓮《ぐれん》、大紅蓮、紅蓮、大紅蓮……」と後見《うしろ》をつけたものがある。
「紅蓮、大紅蓮の地獄に来《きた》って、」
と大入道は樽の首を揺据《ゆりす》えた。
「わりゃ雪女となりおった。が、
前へ
次へ
全88ページ中42ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング