|立《だち》、一斗|樽《だる》の三ツ目入道、裸の小児《こども》と一所になって、さす手の扇、ひく手の手拭、揃って人も無げに踊出《おどりいだ》した頃は、俄雨《にわかあめ》を運ぶ機関車のごとき黒雲が、音もしないで、浮世の破《やぶれ》めを切張《きりばり》の、木賃宿の数の行燈、薄暗いまで屋根を圧して、むくむくと、両国橋から本所の空を渡ったのである。
 次第は前後した。
 これより前《さき》、姿見に向った裸の児が、濃い化粧で、襟白粉《えりおしろい》を襟長く、くッきりと粧《よそお》うと、カタンと言わして、刷毛《はけ》と一所に、白粉を行燈の抽斗《ひきだし》に蔵《しま》った時、しなりとした、立膝のままで、見物へ、ひょいと顔を見せたと思え。
 島田ばかりが房々《ふさふさ》と、やあ、目も鼻も無い、のっぺらぼう。
 唇ばかり、埋め果てぬ、雪の紅梅、蕊《しべ》白く莞爾《にっこり》した。
 はっと美しい女《ひと》は身を引いて、肩を摺《ず》った羽織の手先を白々と紳士の膝へ。
 額も頬も一分、三分、小鼻も隠れたまで、いや塗ったとこそ言え。白粉で消した顔とは思うが、松崎さえ一目見ると変な気がした。
 そこへ、件《くだん
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