いので、背後《うしろ》へ、町へ、両の袂を叩いて払った。
そして、この血に餓《う》えて呻《うめ》く虫の、次第に勢《いきおい》を加えたにつけても、天気模様の憂慮《きづかわ》しさに、居ながら見渡されるだけの空を覗《のぞ》いたが、どこのか煙筒《えんとつ》の煙の、一方に雪崩《なだ》れたらしい隈《くま》はあったが、黒しと怪《あやし》む雲はなかった。ただ、町の静《しずか》さ。板の間の乾《から》びた、人なき、広い湯殿のようで、暖い霞の輝いて淀《よど》んで、漾《ただよ》い且つ漲《みなぎ》る中に、蚊を思うと、その形、むらむら波を泳ぐ海月《くらげ》に似て、槊《ほこ》を横《よこた》えて、餓えたる虎の唄を唄って刎《は》ねる。……
この影がさしたら、四ツ目あたりに咲き掛けた紅白の牡丹《ぼたん》も曇ろう。……嘴《はし》を鳴らして、ひらりひらりと縦横無尽に踊る。
が、現《うつつ》なの光景《ありさま》は、長閑《のどか》な日中《ひなか》の、それが極度であった。――
やがて、蚊ばかりではない、舞台で狐やら狸やら、太鼓を敲《たた》き笛を吹く……本所名代の楽器に合わせて、猫が三疋。小夜具《こよぎ》を被《かぶ》って、仁王
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