、筵に坐ると、しなった、細い線を、左の白脛《しらはぎ》に引いて片膝を立てた。
 この膝は、松崎の方へ向く。右の掻込《かっこ》んで、その腰を据えた方に、美しい女《ひと》と紳士の縁台がある。
 まだ顔を見せないで、打向った青行燈の抽斗《ひきだし》を抜くと、そこに小道具の支度があった……白粉刷毛《おしろいばけ》の、夢の覚際《さめぎわ》の合歓《ねむ》の花、ほんのりとあるのを取って、媚《なまめ》かしく化粧をし出す。
 知ってはいても、それが男の児とは思われない。耳朶《みみたぼ》に黒子《ほくろ》も見えぬ、滑《なめら》かな美しさ。松崎は、むざと集《たか》って血を吸うのが傷《いたま》しさに、蹈台《ふみだい》の蚊《か》をしきりに気にした
 蹈台の蚊は、おかしいけれども、はじめ腰掛けた時から、間を措《お》いては、ぶんと一つ、ぶんとまた一つ、穴から唸《うな》って出る……足と足を摺合《すりあ》わせたり、頭《かぶり》を掉《ふ》ったり、避《よ》けつ払いつしていたが、日脚の加減か、この折から、ぶくぶくと溝《どぶ》から泡の噴く体《てい》に数を増した。
 人情、なぜか、筵の上のその皓体《こうたい》に集《たか》らせたくな
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