引いて、きょとんとしたが
「俺《おいら》あ可厭《いや》だぜ。」と押殺した低声《こごえ》で独言《ひとりごと》を云ったと思うと、ばさりと幕摺《まくず》れに、ふらついて、隅から蹌踉《よろ》け込んで見えなくなった。
時に――私……行燈だよ、――と云ったのは、美しい女《ひと》である事に、松崎も心附いて、――驚いて楽屋へ遁《に》げた小児《こども》の状《さま》の可笑《おかし》さに、莞爾《にっこり》、笑《えみ》を含んだ、燃ゆるがごときその女《ひと》の唇を見た。
「つい言ッちまったのよ。」
と紳士を見向く。
「困った人だね、」
と杖《ステッキ》を取って、立構えをしながら、
「さあ、行こうか。」
「可《い》いわ、もうちっと……」
「恐怖《こわ》いよう。」
と子守の袂《たもと》にぶら下った小さな児が袖を引張《ひっぱ》って言う。
「こわいものかね、行燈じゃないわ。……綺麗な奥さんが言ったんだわ。」とその子守は背《せな》の子を揺《ゆす》り上げた。
舞台を取巻いた大勢が、わやわやとざわついて、同音に、声を揚げて皆《みんな》笑った……小さいのが二側《ふたかわ》三側《みかわ》、ぐるりと黒く塊《かたま》ったの
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