突いたものなり。
饂飩屋は、行燈に向直ると、誰も居ないのに、一人で、へたへたと挨拶《あいさつ》する。
「光栄《おいで》なさいまし。……直ぐと暖めて差上げます。今、もし、飛んだお前さん、馬鹿な目に逢いましてね、火も台なしでござります。へい、辻の橋の玄徳稲荷《げんとくいなり》様は、御身分柄、こんな悪戯《いたずら》はなさりません。狸か獺《かわうそ》でござりましょう。迷児の迷児の、――と鉦《かね》を敲《たた》いて来やがって饂飩を八杯|攫《さ》らいました……お前さん。」
と滑稽《おどけ》た眉毛を、寄せたり、離したり、目をくしゃくしゃと饒舌《しゃべ》ったが、
「や、一言《いちごん》も、お返事なしだね、黙然坊《だんまりぼう》様。鼻だの、口だの、ぴこぴこ動いてばかり。……あれ、誰か客人だと思ったら――私《わし》の顔だ――道理で、兄弟分だと頼母《たのも》しかったに……宙に流れる川はなし――七夕《たなばた》様でもないものが、銀河《あまのがわ》には映るまい。星も隠れた、真暗《まっくら》、」
と仰向《あおむ》けに、空を視《み》る、と仕掛けがあったか、頭の上のその板塀|越《ごし》、幕の内か潜《くぐ》らして
前へ
次へ
全88ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング