、ちっとは増《まし》でございます。」
 と手拭《てぬぐい》で、ごしごし拭いを掛けつつ云う。その手で――一所に持って出たらしい、踏台が一つに乗せてあるのを下へおろした。
「いや、俺《おれ》たちは、」
 若い紳士は、手首白いのを挙げて、払い退《の》けそうにした。が、美しい女《ひと》が、意を得たという晴やかな顔して、黙ってそのまま腰を掛けたので。
「難有《ありがと》う。」
 渠《かれ》も斉《ひと》しく並んだのである。
「はい、失礼を。はいはい、はい、どうも。」と古女房は、まくし掛けて、早口に饒舌《しゃべ》りながら、踏台を提げて、小児《こども》たちの背後《うしろ》を、ちょこちょこ走り。で、松崎の背後《うしろ》へ廻る。
「貴方《あなた》様は、どうぞこれへ。はい、はい、はい。」
「恐縮ですな。」
 かねて期《ご》したるもののごとく猶予《ため》らわず腰を落着けた、……松崎は、美しい女《ひと》とその連《つれ》とが、去る去らないにかかわらず、――舞台の三人が鉦《かね》をチャーンで、迷児の名を呼んだ時から、子供芝居は、とにかくこの一幕を見果てないうちは、足を返すまいと思っていた。
 声々に、可哀《あわれ》
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