「へい、お妙齢、殿方でござりますか、それともお娘御で。」
「妙齢の野郎と云う奴があるもんか、初厄の別嬪《べっぴん》さ。」と頭《かしら》は口で、ぞろりぞろり。
「ああ、さて、走り人《びと》でござりますの。」
「はしり人というのじゃないね、同じようでも、いずれ行方は知れんのだが。」
 と差配は、チンと洟《はな》をかむ。
 美しい女《ひと》の唇に微笑《ほほえみ》が見えた……
「いつの事、どこから、そのお姿が見えなくなりました。」
 と饂飩屋は、渋団扇を筵《むしろ》に支《つ》いて、ト中腰になって訊《き》く。

       八

 差配《おおや》は溜息《ためいき》と共に気取って頷《うなず》き、
「いつ、どこでと云ってね、お前《めえ》、縁日の宵の口や、顔見世の夜明から、見えなくなったというのじゃない。その娘はね、長い間煩らって、寝ていたんだ。それから行方《ゆくえ》が知れなくなったよ。」
 子供芝居の取留めのない台辞《せりふ》でも、ちっと変な事を言う。
「へい。」
 舞台の饂飩屋も異な顔で、
「それでは御病気を苦になさって、死ぬ気で駈出《かけだ》したのでござりますかね。」
「寿命だよ。ふん、」
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