あ、――トこの調子かね。」
「結構でございますね、差配さん。」
 差配はも一つ真顔でチャーン。
「さて、呼声に名が入《い》りますと、どうやら遠い処で、幽《かすか》に、はあい……」と可哀《あわれ》な声。
「変な声だあ。」
 と頭《かしら》は棒を揺《ゆす》って震える真似する。
「この方、総入歯で、若い娘の仮声《こわいろ》だちね。いえさ、したが何となく返事をしそうで、大《おおき》に張合が着きましたよ。」
「その気で一つ伸《の》しましょうよ。」
 三人この処で、声を揃えた。チャーン――
「――迷児の、迷児の、お稲さんやあ……」
 と一列《ひとなら》び、筵《むしろ》の上を六尺ばかり、ぐるりと廻る。手足も小さく仇《あど》ない顔して、目立った仮髪《かつら》の髷《まげ》ばかり。麦藁細工《むぎわらざいく》が化けたようで、黄色の声で長《ま》せた事、ものを云う笛を吹くか、と希有《けぶ》に聞える。
 美しい女《ひと》は、すっと薄色の洋傘《パラソル》を閉めた……ヴェールを脱いだように濃い浅黄の影が消える、と露の垂りそうな清《すずし》い目で、同伴《つれ》の男に、ト瞳を注ぎながら舞台を見返す……その様子が、しばらく
前へ 次へ
全88ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング