にょ》、その二人の道ずれでも何でもない。当日ただ一人で、亀井戸《かめいど》へ詣《もう》でた帰途《かえり》であった。
 住居《すまい》は本郷。
 江東橋《こうとうばし》から電車に乗ろうと、水のぬるんだ、草萌《くさもえ》の川通りを陽炎《かげろう》に縺《もつ》れて来て、長崎橋を入江町に掛《かか》る頃から、どこともなく、遠くで鳴物の音が聞えはじめた。
 松崎は、橋の上に、欄干に凭《もた》れて、しばらく彳《たたず》んで聞入ったほどである。
 ちゃんちきちき面白そうに囃《はや》すかと思うと、急に修羅太鼓《しゅらだいこ》を摺鉦《すりがね》交《まじ》り、どどんじゃじゃんと鳴らす。亀井戸寄りの町中《まちなか》で、屋台に山形の段々染《だんだらぞめ》、錣頭巾《しころずきん》で、いろはを揃えた、義士が打入りの石版絵を張廻わして、よぼよぼの飴屋《あめや》の爺様《じさま》が、皺《しわ》くたのまくり手で、人寄せにその鉦《かね》太鼓を敲《たた》いていたのを、ちっと前《さき》に見た身にも、珍らしく響いて、気をそそられ、胸が騒ぐ、ばったりまた激しいのが静まると、ツンツンテンレン、ツンツンテンレン、悠々とした糸が聞えて、…
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