膝を折って、膝開《ひざはだ》けに踏張《ふんば》りながら、件《くだん》の渋団扇で、ばたばたと煽《あお》いで、台辞《せりふ》。
「米が高値《たか》いから不景気だ。媽々《かかあ》めにまた叱られべいな。」
 でも、ちょっと含羞《はにか》んだか、日に焼けた顔を真赤《まっか》に俯向《うつむ》く。同じ色した渋団扇、ばさばさばさ、と遣った処は巧緻《うま》いものなり。
「いよ、牛鍋。」と頬被。
 片岡牛鍋と云うのであろう、が、役は饂飩屋《うどんや》の親仁《おやじ》である。
 チャーン、チャーン……幕の中《うち》で鉦《かね》を鳴らす。
 ――迷児《まいご》の、迷児の、迷児やあ――
 呼ばわり連れると、ひょいひょいと三人出た……団粟《どんぐり》ほどな背丈を揃えて、紋羽《もんば》の襟巻を頸《くび》に巻いた大屋様。月代《さかやき》が真青《まっさお》で、鬢《びん》の膨れた色身《いろみ》な手代、うんざり鬢の侠《いさみ》が一人、これが前《さき》へ立って、コトン、コトンと棒を突く。
「や、これ、太吉さん、」
 と差配様《おおやさま》声を掛ける。中の青月代《あおさかやき》が、提灯《ちょうちん》を持替えて、
「はい、はい。
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