る外はない、と松崎の目にも見て取られた。
「頼むぜ頭取。」
 頬被《ほおかぶり》がまた喚《わめ》く。

       六

 あたかもその時、役者の名の余白に描いた、福面女《おかめ》、瓢箪男《ひょっとこ》の端をばさりと捲《まく》ると、月代《さかやき》茶色に、半白《ごましお》のちょん髷仮髪《まげかつら》で、眉毛の下《さが》った十ばかりの男の児《こ》が、渋団扇《しぶうちわ》[#「団扇」は底本では「団扉」]の柄を引掴《ひッつか》んで、ひょこりと登場。
「待ってました。」
 と頬被が声を掛けた。
 奴《やっこ》は、とぼけた目をきょろんと遣《や》ったが、
「ちぇ、小道具め、しようがねえ。」
 と高慢な口を利いて、尻端折《しりはしょ》りの脚をすってん、刎《は》ねるがごとく、二つ三つ、舞台をくるくると廻るや否や、背後《うしろ》向きに、ちょっきり結びの紺兵児《こんへこ》の出尻《でっちり》で、頭から半身また幕へ潜《くぐ》ったが、すぐに摺抜《すりぬ》けて出直したのを見れば、うどん、当り屋とのたくらせた穴だらけの古行燈《ふるあんどん》を提げて出て、筵《むしろ》の上へ、ちょんと直すと、奴《やっこ》はその蔭で、
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