き》の電車の終点から、ともに引寄せられて来たものだと思った。
 時に、その二人も、松崎も、大方この芝居の鳴物が、遠くまで聞えたのであろうと頷《うなず》く……囃子はその癖、ここに尋ね当った現下《いま》は何も聞えぬ。……
 絵の藤の幕間《まくあい》で、木は入ったが舞台は空しい。
「幕が長いぜ、開けろい。遣《や》らねえか、遣らねえか。」
 とずんぐり者の頬被《ほおかぶり》は肩を揺《ゆす》った。が、閉ったばかり、いささかも長い幕間でない事が、自分にも可笑《おか》しいか、鼻先《はなっさき》の手拭《てぬぐい》の結目《むすびめ》を、ひこひこと遣って笑う。
 様子が、思いも掛けず、こんな場所、子供芝居の見物の群《むれ》に来た、美しい女《ひと》に対して興奮したものらしい。
 実際、雲の青い山の奥から、淡彩《うすいろどり》の友染《ゆうぜん》とも見える、名も知れない一輪の花が、細谷川を里近く流れ出《い》でて、淵《ふち》の藍《あい》に影を留めて人目に触れた風情あり。石斑魚《うぐい》が飛んでも松葉が散っても、そのまま直ぐに、すらすらと行方も知れず流れよう、それをしばらくでも引留めるのは、ただちっとも早く幕を開け
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