だけは新粉屋の看板より念入なり。一面藤の花に、蝶々まで同じ絵を彩った一張の紙幕を、船板塀の木戸口に渡して掛けた。正面前の処へ、破筵《やれむしろ》を三枚ばかり、じとじとしたのを敷込んだが、日に乾くか、怪《あやし》い陽炎となって、むらむらと立つ、それが舞台。
 取巻いた小児《こども》の上を、鮒《ふな》、鯰《なまず》、黒い頭、緋鯉《ひごい》と見たのは赤い切《きれ》の結綿仮髪《ゆいわたかつら》で、幕の藤の花の末を煽《あお》って、泳ぐように視《なが》められた。が、近附いて見ると、坂東、沢村、市川、中村、尾上、片岡、役者の連名も、如件《くだんのごとし》、おそば、お汁粉、牛鍋なんど、紫の房の下に筆ぶとに記してあった……
 松崎が、立寄った時、カイカイカイと、ちょうど塀の内で木が入って、紺の衣服《きもの》に、黒い帯した、円い臀《しり》が、蹠《かかと》をひょい、と上げて、頭からその幕へ潜ったのを見た。――筵舞台は行儀わるく、両方へ歪《ゆが》んだが。
 半月形に、ほかほかとのぼせた顔して、取廻わした、小さな見物、わやわやとまた一動揺《ひとどよめき》。
 中に、目の鋭い屑屋《くずや》が一人、箸《はし》と籠《
前へ 次へ
全88ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング