りごと》。
「親仁《おとっ》さん、おう、親仁さん。」
 なぞのものぞ、ここに木賃の国、行燈の町に、壁を抜出た楽がきのごとく、陽炎に顕《あらわ》れて、我を諷《ふう》するがごとき浅黄の頭巾《ずきん》は?……
 屋台の様子が、小児《こども》を対手《あいて》で、新粉細工を売るらしい。片岡牛鍋、尾上天麩羅、そこへ並べさせてみよう了簡《りょうけん》。
「おい、お爺《じ》い。」
と閑《ひま》なあまりの言葉がたき。わざと中《ちゅう》ッ腹に呼んでみたが、寂寞《じゃくまく》たる事、くろんぼ同然。
 で、操《あやつり》の糸の切れたがごとく、手足を突張《つっぱ》りながら、ぐたりと眠る……俗には船を漕《こ》ぐとこそ言え、これは筏《いかだ》を流す体《てい》。
 それに対して、そのまま松崎の分《わか》った袂《たもと》は、我ながら蝶が羽繕いをする心地であった。
 まだ十歩と離れぬ。
 その物売の、布子の円い背中なぞへ、同じ木賃宿のそこが歪《ゆが》みなりの角から、町幅を、一息、苗代形に幅の広くなった処があって、思いがけず甍《いらか》の堆《うずたか》い屋形が一軒。斜《ななめ》に中空をさして鯉《こい》の鱗《うろこ》の背を見
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