せ》、千歳《ちとせ》、失《う》せず、枯れず、次第に伸びて艶を増す。その髪千筋一筋ずつ、獣《けもの》が食えば野の草から、鳥が啄《は》めば峰の花から、同じお稲の、同じ姿|容《かたち》となって、一人ずつ世に生れて、また同一《おなじ》年、同一《おなじ》月日に、親兄弟、家眷親属、己《おの》が身勝手な利慾《りよく》のために、恋をせかれ、情《なさけ》を破られ、縁を断《き》られて、同一《おなじ》思いで、狂死《くるいじに》するわいの。あの、厄年の十九を見され、五人、三人|一時《いっとき》に亡《う》せるじゃろうがの。死ねば思いが黒髪に残ってその一筋がまた同じ女と生れる、生きかわるわいの。死にかわるわいの。
 その誰もが皆揃うて、親兄弟を恨む、家眷親属を恨む、人を恨む、世を恨《うら》む、人間五常の道乱れて、黒白《あやめ》も分かず、日を蔽《おお》い、月を塗る……魔道の呪詛《のろい》じゃ、何と! 魔の呪詛を見せますのじゃ、そこをよう見さっしゃるが可《い》い。
 お稲の髪の、乱れて摩《なび》く処をのう。」
「死んだお稲さんの髪が乱れて……」
 と美しい女《ひと》は、衝《つ》と鬢《びん》に手を遣ったが、ほつれ毛よりも指が揺《ゆら》いで、
「そして、それからはえ?」
 と屹《きっ》と言う
「此方《こなた》、親があらば叱らさりょう。よう、それからと聞きたがるの、根問《ねど》いをするのは、愛嬌《あいきょう》が無うてようないぞ。女子《おなご》は分けて、うら問い葉問《はどい》をせぬものじゃ。」
 雲の暗さが増すと、あたりに黒く艶が映《さ》す。
 その中に、美しい女《ひと》は、声も白いまで際立って、
「いいえ、聞きたい。」

       二十三

「たって聞きたくばの、こうさしゃれ。」
 幕の蔭で、間《ま》を置いて、落着いて、
「お稲の芝居は死骸の黒髪の長いまでじゃ。ここでは知らぬによって、後は去《い》んで、二度|添《ぞい》どのに聞かっしゃれ、二度添いの女子《おなご》に聞かっしゃれ。」
「二度添とは? 何です、二度添とは。」
 扱帯《しごき》を手繰るように繰返して問返した。
「か、知らぬか、のう。二度添とはの、二度目の妻の事じゃ。男に取替えられた玩弄《おもちゃ》の女子《おなご》じゃ。古い手に摘まれた、新しい花の事いの。後妻《うわなり》じゃ、後妻《ごさい》と申しますものじゃわいのう。」
 ト一度|引《ひっ》かかったように見えたが、ちらりと筵《むしろ》の端を、雲の影に踏んで、美しい女《ひと》の雪なす足袋は、友染|凄《すご》く舞台に乗った。
 目を明《あきら》かに凝《じっ》と視《み》て、
「その後妻とは、二度添とは誰れ、そこに居る人。」と肩を斜め、手を、錆《さ》びたが楯《たて》のごとく、行燈《あんどん》に確《しか》と置く。
「おおおお、誰や知らぬ、その二度添というのはの、……お稲が望《のぞみ》が遂げなんだ、縁の切れた男に、後で枕添《まくらぞえ》となった女子《おなご》の事いの。……娑婆《しゃば》はめでたや、虫の可《い》い、その男はの、我が手で水を向けて、娘の心を誘うておいて、弓でも矢でも貫こう心はなく、先方《さき》の兄者に、ただ断り言われただけで指を銜《くわ》えて退《すさ》ったいの、その上にの。
 我勝手《われがって》や。娘がこがれ死《じに》をしたと聞けば、おのれが顔をかがみで見るまで、自惚《うぬぼ》れての。何と、早や懐中《ふところ》に抱いた気で、お稲はその身の前妻じゃ。――
 との、まだお稲が死なぬ前に、ちゃッと祝言した花嫁御寮に向うての、――お主《ぬし》は後妻じゃ、二度目ぢゃと思うておくれい、――との。何と虫が可《よ》かろうが。その芋虫にまた早や、台《うてな》も蕊《しべ》も嘗《な》められる、二度添どのもあるわいの。」
 と言うかと思う、声の下で、
「ほほほほほ」
 と口紅がこぼれたように、散って舞うよと花やかに笑った。
 ああ、膚《はだ》が透く、心が映る、美しい女《ひと》の身の震う影が隈《くま》なく衣《きぬ》の柳条《しま》に搦《から》んで揺れた。
「帰ろう、品子、何をしとる。」
 紳士はずかずかと寄って、
「詰《つま》らん、さあ、帰るんです、帰るんだ。」
 とせり着くように云ったが、身動きもしないのを見て、堪《たま》りかねた体《てい》で、ぐいと美しい女《ひと》の肩を取った。
「帰らんですか、おい、帰らんのか。」
 その手は衝《つ》と袖で払われた。
「貴方《あなた》は何です。女の身体《からだ》に、勝手に手を触って可《い》いんですか。他人の癖に、……」
「何だ、他人とは。」
 憤気《むき》になると、……
「舞台へ、靴で、誰、お前は。」
 先刻《さっき》から、ただ柳が枝垂《しだ》れたように行燈に凭《もた》れていた、黒紋着《くろもんつき》のその雪女が、りんとなって、両手で紳士の
前へ 次へ
全22ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング