しさうに、懐中を開《あ》け、袂《たもと》を探した。それでも鞘《さや》へは納めないで、大刀《だんびら》を、ズバツと畳《たたみ》に突刺《つっさ》したのである。
 兇器《きょうき》が手を離るゝのを視《み》て、局は渠《かれ》が煙草入《たばこいれ》を探す隙《すき》に、そと身を起して、飜然《ひらり》と一段、天井の雲に紛《まぎ》るゝ如く、廊下に袴《はかま》の裙《すそ》が捌《さば》けたと思ふと、武士《さむらい》は武《む》しや振《ぶ》りつくやうに追縋《おいすが》つた。
「ほ、ほ、ほ。」
 と、局は、もの優しく微笑《ほほえ》んで、また先の如く手を取つて、今度は横斜違《よこはすかい》に、ほの暗い板敷《いたじき》を少時《しばし》渡ると、※[#「火+發」、193−13]《ぱっ》ともみぢの緋の映る、脇廊下《わきろうか》の端へ出た。
 言ふまでもなく、今は疾《と》くに、資治卿は影も見えない。
 もみぢが、ちら/\とこぼれて、チチチチと小鳥が鳴く。
「千鳥《ちどり》、千鳥。……」
 と※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》たく口誦《くちずさ》みながら、半《なか》ば渡ると、白木《しらき》の
前へ 次へ
全51ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング