》へる鷲《わし》に、丹頂《たんちょう》の鶴《つる》が掻掴《かいつか》まれたとも何ともたとふべき風情《ふぜい》ではなかつた。
 折悪《おりあし》く一人の宿直士《とのい》、番士《ばんし》の影も見えぬ。警護の有余《ありあま》つた御館《おやかた》ではない、分けて黄昏《たそがれ》の、それぞれに立違《たちちが》つたものと見える。欄間《らんま》から、薄《うす》もみぢを照《てら》す日影が映《さ》して、大《おおき》な番火桶《ばんひおけ》には、火も消えかゝつて、灰ばかり霜《しも》を結んで侘《わび》しかつた。
 局が、自分|先《ま》づ座に直《なお》つて、
「とにかく、落着いて下に居《い》や。」
 曲《くせ》ものは、仁王立《におうだち》に成つて、じろ/\と瞰下《みおろ》した。しかし足許《あしもと》はふら/\して居る。
「寒いな、さ、手をかざしや。」
 と、美しく艶《えん》なお局《つぼね》が、白く嫋《しなや》かな手で、炭《す》びつを取つて引寄せた。
「うゝ、うゝ。」
 とばかりだが、それでも、どつかと其処《そこ》に坐つた。
「其方《そち》は煙草《たばこ》を持たぬかえ。」
 すると、此の乱心ものは、慌《あわただ》
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