う》の冴《さえ》が、脈《みゃく》を打つてぎらりとして、腕はだらりと垂れつつも、切尖《きっさき》が、じり/\と上へ反《そ》つた。
 局《つぼね》は、猶予《ためら》はず、肩をすれ違ふばかり、ひた/\と寄添《よりそ》つて、
「其方《そなた》……此方《こちら》へ。」
 ひそみもやらぬ黛《まゆずみ》を、きよろりと視《み》ながら、乱髪抜刀の武士《さむらい》も向きかはつた。
 其《それ》をば少しづゝ、出口へ誘ふやうに、局は静々《しずしず》と紅《くれない》の袴を廊下に引く。
 勿論、兇器《きょうき》は離さない。上《うわ》の空《そら》の足が躍《おど》つて、ともすれば局の袴に躓《つまず》かうとする状《さま》は、燃立《もえた》つ躑躅《つつじ》の花の裡《うち》に、鼬《いたち》が狂ふやうである。
「関東の武家のやうに見受けますが、何《ど》うなさつた。――此処《ここ》は、まことに恐《おそれ》多い御場所《ごばしょ》。……いはれなう、其方《そなた》たちの来る処《ところ》ではないほどに、よう気を鎮《しず》めて、心を落着けて、可《よ》いかえ。咎《とが》も被《き》せまい、罪にもせまい。妾《わらわ》が心で見免《みのが》さうか
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