時に、紙屑屋の方が、武士《さむらい》よりは、もの馴《な》れた。
そして、跪《ひざまず》かせて、屑屋も地《つち》に、並んで恭《うやうや》しく手を支《つ》いた。
「江戸へ帰りますものにござります。山道に迷ひました。お通しを願ひたう存じます。」
ひつそりして、少時《しばらく》すると、
「お通り。」
と、もの柔《やわらか》な、優しい声。
颯《さっ》と幕が消えた。消《き》ゆるにつれて、朦朧《もうろう》として、白小袖《しろこそで》、紅《くれない》の袴《はかま》、また綾錦《あやにしき》、振袖《ふりそで》の、貴女たち四五人の姿とともに、中に一人、雪に紛《まが》ふ、うつくしき裸体の女があつたと思ふと、都鳥が一羽、瑪瑙《めのう》の如き大巌《おおいわ》に湛《たた》へた温泉《いでゆ》に白く浮いて居た。が、それも湯気とともに蒼《あお》く消えた。
星ばかり、峰ばかり、颯々《さっさつ》たる松の嵐の声ばかり。
幽《かすか》に、互《たがい》の顔の見えた時、真空《まそら》なる、山かづら、山の端《は》に、朗《ほがらか》な女の声して、
「矢は返すよ。」
風を切つて、目さきへ落ちる、此が刺さると生命《いのち》はな
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