かつた。それでも武士《さむらい》は腰を抜いた。
 引立《ひきた》てても、目ばかり働いて歩行《ある》き得ない。
 屑屋が妙なことをはじめた。
「お武家様、此の笊《ざる》へお入んなせい。」
 入《い》れると、まだ天狗《てんぐ》のいきの、ほとぼりが消えなかつたと見えて、鉄砲笊《てっぽうざる》へ、腰からすつぽりと納《おさま》つたのである。
 屑屋が腰を切つて、肩を振つて、其の笊を背負《しょ》つて立つた。
「屑《くず》い。」
 うつかりと、……
「屑い。」
 落ちた矢を見ると、ひよいと、竹の箸《はし》ではさんで拾つて、癖に成つて居るから、笊へ抛《ほう》る。
 鴻《こう》の羽《はね》の矢を額《ひたい》に取つて、蒼《あお》い顔して、頂きながら、武士《さむらい》は震へて居た。



底本:「日本幻想文学集成1 泉鏡花」国書刊行会
   1991(平成3)年3月25日初版第1刷発行
   1995(平成7)年10月9日初版第5刷発行
底本の親本:「泉鏡花全集」岩波書店
   1940(昭和15)年発行
初出:「新小説」
   1922(大正11)年1月
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音
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