、次第々々に高く上《あが》る。山伏の形は、腹這《はらば》ふ状《さま》に、金剛杖《こんごうづえ》を櫂《かい》にして、横に霧を漕《こ》ぐ如く、西へふは/\、くるりと廻つて、ふは/\と漂ひ去る。……
唯《と》、仰いで見るうちに、数十人の番士《ばんし》、足軽《あしがる》の左右に平伏《ひれふ》す関の中を、二人何の苦もなく、うかうかと通り抜けた。
「お武家様、もし、お武家様。」
ハツとしたやうに、此の時、刀の柄《つか》に手を掛けて、もの/\しく見返つた。が、汚《きたな》い屑屋に可厭《いや》な顔して、
「何だ。」
「お袂《たもと》に縋《すが》りませいでは、一足《ひとあし》も歩行《ある》かれませぬ。」
「ちよつ。参れ。」
「お武家様、お武家様。」
「黙つて参れよ。」
小湧谷《こわくだに》、大地獄《おおじごく》の音を暗中《あんちゅう》に聞いた。
目の前の路《みち》に、霧が横に広いのではない。するりと無紋《むもん》の幕が垂れて、ゆるく絞つた総《ふさ》の紫《むらさき》は、地《ち》を透《す》く内側の燈《ともしび》の影に、色も見えつつ、ほのかに人声《ひとごえ》が漏《も》れて聞えた。
女の声である。
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